3月のウォーキング

今回の京都らくらくウォーキング100選は郊外です
丹波の城下町・・・生身天満宮・園部城跡コースです
JR京都駅改札口集合し、JR園部駅まで乗ります
JR園部駅スタート~徳雲寺~生身天満宮~園部城跡~園部公園・文化博物館(昼食休憩)~水天宮~JR園部駅ゴールです
参加者も51名で今日は暖かいいいウォーキングの一日でした。

JR園部駅です(そのべえき)。
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一番目徳雲寺に行く途中です。
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徳雲寺(とくうんじ)です。
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南北朝時代の至徳2年(1385年)、当時この地に勢力を張った豪族の小山城主荘林(しょうばやし)氏が、宗祖道元禅師九世の法孫、希曇(きどん)和尚を開山として創建したと伝えられています。
江戸時代の園部藩主、小出吉親公の菩提寺であり、藩内の曹洞宗の本山として栄えました。江戸時代の武具や小出歴代藩主の絵像(狩野探幽の作品)など学術的資料として重要なものが多いお寺です。( 現在「小出吉親公夫妻画像」は文化博物館にて保管)末寺も48(現在34)あるそうです。
 現在の本堂は、天保3年(1832年)に再建されたもので、寛永元年から文化11年に至るまでにの間に5回にわたり火災にあっています。
その小学校のところの角に「塩田山 徳雲寺」という石柱が立っています。
まるで竜宮城のような竜宮造りの唐門をくぐると、大きな本堂の前に清楚な江戸時代の禅式庭園が広がっています。

生身天満宮(いきみてんまんぐう)です。
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此処は門だけで門から中は学校です。
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元和5年(1619年)小出吉親によって築かれた。吉親は元和5年(1619年)但馬国出石から二万九千石(後に二万六千石)で園部に移封となり、中世園部城跡に築城した。
慶応4年(1868年)鳥羽伏見の戦いがはじまると、新政府軍が万一破れた場合を想定して、明治天皇の行在所を園部と定め城郭は拡張された。

公園にて昼の食事休憩です。
 
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次の水天満宮に行く途中です。
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水天満宮(みずてんまんぐう)です。
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園部本陣(新屋)の北側に、今は空地になっていますが扇屋(大幸)という脇本陣がありました。
その扇屋の東側には“扇屋のづし”と呼ばれた小路が若松町の浄教寺まで通じていましたが、有事のとき裏町東詰は袋小路となりました。浄教寺は幕末まで、山内覚了によって寺子屋が開かれたところでもあります。
若松町は明治16年まで裏町と呼ばれ、料理旅館など数多くあり、国定国光稲荷神社がまつられています。園部町内には、岩波稲荷をはじめ、城下町らしく稲荷神社がたくさんあります。明治20年には常席芝居小屋がつくられ、後に“共楽館”という園部劇場ができ、
昭和60年11月に、安産の守り神・総本宮久留米水天宮御神祭800年を記念して、毎月9日せり市で賑わった園部家畜市場や、大正11年に園部誘致工場の第1号であった京都の資産家藤本豊七氏のビロード工場や、ロバの競馬場があったことなど詳しく描かれ、貴重な文化財資料となっています。
その水天宮さんの鳥居横にはかわいい“河童の福ちゃん像”と御祭神安徳天皇にちなみ子供を水難から守るといわれる“ひょうたん守り”が水盤にまつられています。
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ゴールのJR園部駅に行く途中です。
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   最後までありがとう御座いました。