第124回NPO京都らくらくウォーキング200選 干支の神様

今年最初のウォーキングです

毎年ですが年の初めのウォーキングはその年の干支一ヶ所は回ります。

晴明神社・護王神社・神泉苑です。

今回のコースは烏丸今出川北東角集合し~白峯神宮~晴明神社~一条戻り橋~京都御苑蛤御門~護王神社~

丸太町イズミヤ昼食休憩~神泉苑で解散です。

天気は出発より細かい雨でしたが途中雨止んだりのウォーキングでした、参加者も32名で雨でしたが

和気あいあいの楽しい一日でした。     一部参考資料にて。


NPO京都らくらくウォーキング200選は毎月第三日曜日です、参加希望者は当日でもいいですが

前日にでも電話して下さい、参加費は500円です、申し込み、詳しい事は携帯電話090 -2066-5943 です。

集合場所の烏丸今出川北東角です。
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白峯神宮(しらみねじんぐう)です。
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晴明神社(せいめいじんじゃ)です。
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晴明神社は、京都市上京区堀川一条にある神社。
平安時代の陰陽師「安倍晴明」を祀る。
安倍晴明と言えば「五芒星」。
1005年に晴明が亡くなると、その時の天皇一条天皇は晴明の遺業を賛え、晴明は稲荷神の生まれ変わりであるとして、1007年、その屋敷跡に晴明を祀る神社を創建した。
当時の境内は、東は堀川通り、西は黒門通り、北は元誓願寺通り、南は中立売通りまであり、かなり広大であった。
しかし度重なる戦火や豊臣秀吉の都市整備などにより次第に縮小し、社殿も荒れたままの状態となった。幕末以降、氏子らが中心となって社殿・境内の整備が行われ、1950年には堀川通に面するように境内地が拡張された。
平成になると、主人公である 安倍晴明のブームが起こり、全国から参拝者が訪れるようになった。
晴明歿後千年となる2005年には安倍晴明千年祭が行われた。
2017年に二の鳥居の社号額が新調され、1854年(安政元年)に土御門晴雄により奉納されたものを忠実に再現したものとなった。
雨小ぶりの中説明中です。
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  此処に
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戻り橋です。
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一条通の堀川に架かる橋です
橋名は「源氏物語」や918年(延喜18)文章博士・三善清行が一時蘇生した説話、渡辺綱と鬼女の物語などの歴史を秘める。
縁談ごとには避ける風習がある。
実は、この一条戻橋(通称:戻橋)は、もともと「土御門橋」(つちみかどばし)と呼ばれていました。
一体なぜ、全く違った名前に変化したのでしょうか
あの世からこの世へ戻ったという場所として土御門橋は「一条戻橋」という名前に名付け変えられたそうです。
今でこそ、市内の真ん中にありますが、平安の頃、東西に延びる一条通は平安京の北端に位置し、この橋があるところは都の外れだったのです。
そして、この橋は都で死んだ人を、都の外にある墓地へ葬送するときに通る橋として使われていたのです。
つまり、一条戻り橋はあの世ととこの世の境界だったわけです。
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京都御苑蛤御門(はまぐりごもん)です。
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 鉄砲玉の痕です。
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護王神社(ごおうじんじゃ)です。
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護王神社といえば「足腰の守護神」として親しまれる神社です。
ご祭神は、平安京造営にも貢献した和気清麻呂(わけのきよまろ)。
旅の途中に痛めた足が猪の加護によって回復したという逸話から、足腰の健康や怪我の回復にご利益があると信仰を集めています。
もうひとりのご祭神が、清麻呂のお姉さんである和気広虫(ひろむし)。
戦乱で身寄りを失った子どもたちを養子に迎え育てたことから、「子供の守護神」として仰がれています。
本殿は和気清麻呂公命とその姉君に当たる和気広虫姫命を主祭神とし、清麻呂公を支援した藤原百川公命、道鏡の師でやはり志を同じくした路豊永卿命を配祀しています。
一時は称徳天皇と道鏡の怒りを買い流罪の身となった清麻呂公ですが、称徳天皇が亡くなり道鏡の失脚後は、桓武天皇のもと平安遷都の際に造宮大夫として大きく貢献。
その為この護王神社は、もともと京都市右京区の高雄山神護寺の境内にあった清麻呂公の霊社が、明治天皇の勅命によって京都御所のすぐ西側に移され創建されたという歴史を持っています。
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丸太町堀川イズミヤ昼食休憩です。
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神泉苑に行く途中二条城前通りました。
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神泉苑(しんせんえん)です。
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 説明中です。
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創建:794(延暦13)年 平安建都の年
平安京造営の時に設けられた宮中附属の禁苑で、大池には天皇や公家が船を浮かべ、歌や花、音楽を楽しみ、御池通の由来にもなった。
弘法大師空海が祈雨の修法をし、祇園祭の発祥地でもある。
平安の面影を残す境内には願いが叶う法成橋(赤い橋)や、年の恵方を祀る歳徳神がある。
源氏ゆかりの太刀 霊剣「鵜丸」 (うのまる・うまる)
平安時代、白河上皇が神泉苑に行幸され宴遊の後、鵜飼(うかい)をご覧になられた。
特に優れているという鵜が、二、三尺の物を咥えあげては落とし、ついに咥えて上がったのを見ると長覆輪の太刀である。
上皇は不思議に思われ、「これは霊剣である。
天下の至宝に違いない」として、「鵜丸」と名付け秘蔵された。
上皇から鳥羽天皇、崇徳天皇へと伝わり、保元の乱(1156年)に馳せ参じた源為義へと下賜された。
為義は保元の乱で敗れ、鵜丸は朝廷に戻った。
平家都落ち(1183年)の際、平清経により 「鵜丸」と「吠丸(膝丸)」の二太刀を奪われるが、1185年、源範頼が九州で「鵜丸」を取り戻し、朝廷に献上した。
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    此処で解散しました、最後まで見て頂いてありがとうございます。

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