第130回京都らくらくウォーキング200選 清凉寺・奥嵯峨の寺院

6月の27日から此方は梅雨入りと成り、7月に入っても曇り雨の日が続き特に九州地は記録的な雨で被害が出ています。
7月の中半でも未だ雨です、祇園祭鉾巡行日は何とか雨降らず晴れの天気に成って良かったですがその明くる日から雨です。
今日(7月21日)は長い梅雨でやっと曇り空での恒例の京都らくらくウォーキングでしたが、地元京都では伏見で「京都アニメーション」第一スタジオ放火され沢山の従業員方達が犠牲になられて悲しい事件です。
心よりご遺族の方へお悔やみ申し上げます。
今回は奥嵯峨のウォークですが、蒸し暑い中でしたが、参加者52名でした。
コースはJR嵯峨嵐山駅集合しスタート清凉寺~落柿舎~常寂光寺~二尊院~祇王寺~化野念仏寺~愛宕念仏寺で解散です。

         一部参考資料にて。

8月のウォーキングはお休みです、次回開催は9月15日の第三日曜日です・行く場所は北野天満宮前集合し大報恩寺・首途八幡・釘抜き地蔵・
雨宝院・他ウォーキングでコースです。
参加希望者は京都らくらくウォーキング北川迄お願いします。当日でも受付しますが、電話090-2066-5943迄よろしくお願いします。

 JR嵯峨嵐山駅です。
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嵯峨嵐山駅(さがあらしやまえき)は「嵯峨野線」の愛称区間に含まれている。
関西有数の観光名所である嵐山・嵯峨野へのJRにおける玄関口です。
元の駅名は嵯峨駅で、後に著名観光地である嵐山の名称を加えた嵯峨嵐山駅に改称されました。
嵯峨野観光鉄道嵯峨野観光線(トロッコ嵯峨駅) 京福電気鉄道嵐山本線(嵐電嵯峨駅) 1897年(明治30年)2月15日 - 京都鉄道開業当初の終着駅である嵯峨駅として設置。
出発前の今日のコース説明です。
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 一番目の清凉寺に行く途中です。
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清凉寺(せいりょうじ)です。
 建立:895(寛平7)年頃
清涼寺は京都嵯峨野に位置する浄土宗の寺院です。
「清凉寺」は別名「嵯峨釈迦堂」とも呼ばれ、本尊の釈迦如来像が有名です。
奝然という東大寺の僧が987年に中国(宋)から持ち帰ってきた釈迦像を安置しするため、奝然の弟子・盛算によって建てられました。
清涼寺の本尊であり奝然が持ち帰ってきた釈迦如来像は、古代インドの優填(うでん)王が釈迦が生きていたときの37歳の姿を象った像の模造と伝えられています。
姿が釈迦の生き写しであるとされることから「生きているお釈迦様」ともいわれ、またその由来がインド→中国→日本と経由していることから「三国伝来の釈迦像」ともいわれます。
なんと、お腹には絹でできた五臓六腑まで収められています。
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 説明中です。
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 秀頼公の首塚もありました。
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 次の落柿舎に行く途中です。
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 次の常寂光寺に行く途中です。
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常寂光寺(じょうじゃっこうじ)です。
 紅葉の名所がひしめく京都嵐山、その中でもとくにオススメなのは京都でも紅葉の美しさが随一と呼ぶ人も多いこの寺は、散り紅葉・敷き紅葉といい、さながら極楽浄土へと迷い込んだかのようなその光景が多くの人を呼んでいます。
多宝塔は1620年(元和6)の建立で並尊閣といい、前面に霊元天皇の勅額を揚げています。
本堂は伏見城の建物の一部を移転修造したものといわれています。
仁王門はもと本国寺客殿の南門を移転、妙見堂は能勢妙見を分祀し歌仙祠には藤原定家、藤原家隆の木像を安置しています。
見どころ境内は小倉山に広がり、境内全体を埋め尽くすようにもみじが色づきます。
特に多宝塔あたりの紅葉は見逃せません。
京都屈指の紅葉の名所でもあり、秋にはイロハモミジやオオモミジが見事に色づきます。
境内や多宝塔の周辺からは、また、このお寺には塀がありません。
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 二尊院に行く途中です。
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二尊院(にそんいん)です。
 天台宗。承和年間(834-48)慈覚大師円仁が開基(平安時代)
本尊に釈迦・阿弥陀の二如来(重文)をまつり、正しくは二尊教院華台寺。
応仁・文明の乱のあと法然の弟子湛空が再興。
総門は伏見城の遺構と伝える薬医門。
広い参道は「紅葉の馬場」と呼ばれます。
紅葉で敷きつめられた参道が続き「紅葉の馬場」とよばれる紅葉の名所です。
小倉あんの発祥の地
809年頃、空海が小豆の種を中国から持ち帰り小倉山で栽培し、菓子職人の和三郎がその小豆であんを作り、御所に献上したとされています。
そのため、小倉山麓の二尊院が「小倉あん発祥の地」と呼ばれています。
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 祇王寺に行き途中です。
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祗王寺(ぎおうじ)です。
建立:明治28年再建
「平家物語」の遺跡。平清盛が愛した祇王、仏御前がのちに妹の祇女、母刀自とともに尼僧として余生を過ごした、と伝える。真言宗。本尊大日如来のほか、鎌倉時代の作とされる清盛、祇王・祇女らの木像を安置。祇王・祇女の墓といわれる宝筐印塔、清盛の五輪の石塔がある小さいながらも紅葉の名所。
京都嵯峨野にある「祇王寺」は、
新緑から夏にかけてはオフシーズンですが、京都でも指折りの見事な苔の庭園として知られています。
平家物語にある悲しいの逸話も残る「祇王寺」です。
「平家物語」は鎌倉時代に成立した、平家物語に登場する、祇王(ぎおう)・祇女(ぎにょ)の姉妹は、美しい白拍子(しらびょうし:平安時代に流行した歌舞を演じる遊女)として評判で、そのうわさは当時の政権を握っていた平清盛にも届くほどでした。
彼女たちの舞をみて、後に姉の祇王は清盛の寵愛をうけるようになりました。
仏御前は門前払いをされてしまいますが、心やさしい祇王は館へ招き入れました。
すると仏御前の舞を見た清盛は、なんと仏御前に心を移してしまったのです。
仏御前が祇王に遠慮すると、清盛は祇王を追い出してしまいました。
しかしその後、歌舞を演じるよう清盛に呼ばれた祇王たちは、その屈辱から母である刀自(とじ)と共に尼となり、現在の祇王寺で仏門に入ります。
さらに、世の無常を感じた仏御前も清盛の元を去り、祇王らを追ってこの地で尼となり、余生を送ったのです。

 説明中です。
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 二尊院横の公園で食事休憩でした。



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 ハスが沢山咲いて居ました。
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 食後次のコース説明中です。
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 化野念仏寺に行く途中です。
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化野念仏寺(あだしのねんぶつじ)です。
 建立:平安時代浄土宗のお寺です
あだし野念仏寺は、千空海(弘法大師)が五智山如来寺を建て野ざらしの遺骸を埋葬。
のち法然が念仏道場としてから今の寺名に改めた。
本堂は1711年(正徳2)寂道上人の再建。境内8,000体の石仏・石塔群は、化野に葬られた人たちの墓で、
約1200年前、法大師が五智山如来寺を開創し、その後法然上人の常念仏道場となったとい伝えられています。化野の地は古来より葬送の地で、境内に並ぶ多くの石仏・石塔は昔からこの一帯に葬られた人々のお墓だそうです。
今から約1100年前、弘法大師空海は、土葬という習慣を伝え、化野にお寺を建立しました。
建立当初は五智山如来寺(ごちざんにょらいじ)という名の真言宗のお寺でしたが、鎌倉時代に浄土宗の開祖である法然上人が念仏道場としたことから、人々に「化野念仏寺」と呼ばれるようになりました。
時代を経るにつれ、無縁仏となった石仏は、明治時代に地元の人々の協力のもと、整備され祀られるようになりました。
 説明中で、中に入らず。
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 次の愛宕念仏寺に行く途中です。
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 愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)です。
建立:建立奈良時代天台宗。稱徳天皇開基。
嵐山にある愛宕念仏寺(おたぎねんぶつじ)です。
本堂は鎌倉中期の建立で重文。
愛宕念仏寺は、1200羅漢で有名で、嵯峨野めぐりの始発点になっています。
愛宕念仏寺の歴史は古く、称徳天皇(764-770年)の開基で愛宕寺(おたぎでら)として建立されたのが始まりとされています。
もともと東山の地にありましたが、大正時代にこの地に移築されました。
平安初期に鴨川の洪水で堂宇が流失。
天台の僧「千観内供」が再興し,等覚山愛宕院と号し、比叡山の末寺となる。
大正時代に奥嵯峨の地に移築された。内部の天井は繊細な小組格天井で、さらに本尊の位置を二重おりあげ格天井にするなど、他では見られない鎌倉様式の美しい曲線を今にとどめている。
本尊は「厄除け千手観音」。
地蔵堂には、霊験あらたかな火之要慎のお札で知られるあたご本地仏「火除地蔵菩薩」が祭られている。
境内には参拝者の手によって彫られた、1,200躰の石造の羅漢さんが表情豊かに並び、訪れる人の心を和ませてくれています。
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 説明中です。
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 拝観する人はして他の方は此処で解散しました。
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   最後までありがとうございました。