第136回京都らくらくウォーキング200選 応仁の乱発祥 上御霊神社・天寧寺・上善寺

今年は暖冬と言って暖かい日が続きましたが、二月に入ると初雪とか聞いて寒い日もありました、
今日は何年振りかの雨の中のウォーキングに成りました。
コロナウイルスとか言って皆さん大変でしょうが、そんな中のウォーキングです。
今回は京都マラソン開催日と雨と重なりましたので参加者は少なく30名でした。 
  一部参考資料にて。

次回は3月15日(日)小学校発祥地巡り、集合場所地下鉄烏丸御池駅9時45分集合
問い合わせは携帯090-2066-5943です、当日でも参加okです。

本日のコースは京都地下鉄鞍馬口駅集合しスタートです。
鞍馬口駅~上御霊神社~阿弥陀寺~天寧寺~上善寺~閑臥寺~北大路ビブレ(昼食休憩)~今宮神社~大徳寺南門で解散です。
雨で一部コース変更に成りました。
地下鉄鞍馬口駅(ちかてつくらまぐちえき)です。
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当駅の駅名は烏丸通と鞍馬口通の交差点である烏丸鞍馬口に由来し、その鞍馬口通の名前の由来となった京の七口の一つである鞍馬口(鞍馬街道の起点)は当駅の東約500メートルの出雲路橋西詰(北区鞍馬口町)にある。
その駅名からしばしば鞍馬寺などがある鞍馬地区へのアクセス拠点と勘違いされるが、当駅から鞍馬地区までは直線距離で北へ10キロメートル近く離れており、直接連絡するバス路線も無いようです。
烏丸線における鞍馬方面へのアクセスは国際会館駅から京都バスの利用 または 徒歩などで叡山電鉄(叡電)鞍馬線岩倉駅を経由する移動が適切です。

上御霊神社(かみごれいじんじゃ)です。
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794年、平安遷都に際し桓武天皇の勅願により王城守護の神として奈良・平安時代初期に不運のうちに薨じた八柱の神霊を神泉苑の「御霊会」で祀ったのが御霊神社の起源とされ、のちに明治天皇の御願により祭神五柱が増祀されました。
平安時代には御霊信仰〔天変地異や疫病流行は怨霊のたたりであるとする信仰〕が盛んで、御霊神社は古来疫病除の霊社として有名です。
室町時代になると、畠山政長が御霊の森で畠山義就と戦ったことから「応仁の乱」発祥の地と言われています。
古くより皇室や時代の施政者から「産土神」「上御霊さん」として親しまれております。
このため創建以来朝野の信仰あつく、とくに御所の守護神として皇室の尊信が深い。
本殿は享保18年に下賜された賢所(かしこどころ)御殿の遺構を復元したものであり、また当社には神輿・牛車等皇室の御寄附品多数を蔵する。  境内は「御霊の杜(もり)」といい、応仁元年(1467)正月18日畠山政長と義就(よしなり)の合戦が行なわれ応仁の大乱の発端となったところである。
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阿弥陀寺(あみだじ)です。
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1555年、玉誉清玉が近江国坂本に創建したのがこの寺の始まりと言われいます。
その後清玉が織田信長の帰依を得て、上京今出川大宮に移転しました。
本能寺で討たれた信長とその子・信忠の遺骨を清玉が持ち帰り、阿弥陀寺に葬ったそうです。
信長・信忠親子の墓の他にも森蘭丸の墓などもあります。
1585年に豊臣秀吉の寺町造成に伴い現在地に移転しました。
本能寺の変後、明智光秀は信長公の遺骸を探したが見つからなかったようです
にもかかわらず当時の住職が遺灰を持ち帰って墓を建てたそうですが、なんとなく不思議な気がします。
某小説では本能寺の地下に抜け穴が有ったが塞がれてた為死亡。
抜け穴を知っていた住職が遺骸を気づかれないように寺に持ち帰ったというのが、寺町沿いにある大きなお寺、
戦国時代の日本を揺るがしたであろう大事件「本能寺の変」果たして織田信長公はどこへ消えてしまったのか?
その答えがこちらのお寺にはありました。
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此処のお寺に森光子さんのお墓もあると言って居ましたね。

天寧寺(てんねいじ)です。
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山門は比叡山借景の「額縁門」と呼ばれている天寧寺は、本堂には仏師春田作と伝える本尊釈迦如来像を、観音堂には後水尾天皇の念持仏聖観音像及び東福門院の念持仏薬師薬師如来像を安置している。
境内の墓地には江戸時代の茶人として有名な金森宗和、剣道示現流の開祖といわれる善吉和尚らの墓がある。
もともとは会津の城下にあったが、天正年間に天台宗松陰坊の遺跡といわれる現在の地に移転した。
その後天明の大火によって焼失したが、本堂は文化9年(1812)に、書院は天保14年(1842)に再建された。
境内墓地には、江戸時代の茶人として有名な金森宗和と、剣道示現流の開祖といわれる善吉和尚の墓がある。
山門は「額縁門」と呼ばれており、山門を通して比叡山を眺められる。
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明智光秀公報恩塔です。
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上善寺(しょうぜんじ)です。
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千松山遍照院(せんしょうざんへんしょういん)と号する浄土宗の寺院である。  
寺伝によれば、貞観5年(863)に、僧円仁により、天台密教の道場として、千本今出川(上京区)に創建されたと伝えられている。
その後、文明年間(1469~87)に、春谷盛信(しゅんこくせいしん)によって再興され、後柏原天皇の勅願寺として栄え、文禄3年(1594)、寺域を現在の地に移し、浄土宗に改められた。
 地蔵堂に安置する地蔵菩薩は、平安時代の初め、小野篁(おののたかむら)が一度息絶えて冥土へ行き、生身の地蔵尊を拝して蘇った後、一木から刻んだ六体の地蔵の一つと伝えられ、深泥池地蔵又は、鞍馬口地蔵とも呼ばれています。
この地蔵は、当初、小幡の里に祀られていたが、保元年間(1156~59)に、洛北の御菩薩池(深泥池)の畔に祀られ、さらに当寺に移されたものといわれている、毎年8月の22・23日の両日の京都六地蔵巡りには、多くの参拝者が来られます。
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閑臥庵(かんがあん)です。
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黄檗宗。後水尾法皇が御信仰篤く、もと梶井常修院の宮の院邸を献上されたものである。
初代隠元禅師から六代目の黄檗山萬福寺管長千呆禅師を招いて1671年に開山した。
法皇より「閑臥庵」の勅号を賜り御所の勅願所とされた。
十干十二支九星を司る総守護神で、安倍晴明が開眼した北辰鎮宅霊符神が祀られている。
後水尾法皇ゆかりの品々や伊藤若冲の十二支版木、開山三百三十周年記念時に制作した砂曼荼羅など公開されている。
黄檗宗伝来の普茶料理も京懐石風に、庭園を眺めながら個室で召し上がって頂けます。
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北大路ビブレ食事休憩です。
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美味しかった~(#IMG_0099.JPG^.^#)
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今宮神社(いまみやじんじゃ)です。
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建立:創祀 994(正暦5)年(平安時代)、現社殿 1902(明治35)年
平安期以前から疫病鎮めに疫神を祀った社があったと言われています。
「今宮神社」は、別名「玉の輿(たまのこし)神社」とも言われています。
平安遷都後にはしばしば疫病や災厄が起こり、神泉苑、上御霊神社、下御霊神社、八坂神社などで疫病を鎮めるための御霊会が営まれた。
994年(正暦5年)にも都で大規模な疫病がはびこったため、朝廷は神輿2基を造って船岡山に安置し、音楽奉納などを行った後、疫災を幣帛に依り移らせて難波江に流した。
現在の社殿は1902年(明治35)の再建。「阿呆賢さん」と呼ばれる神占石は叩くと怒るともいわれ、撫でて軽くなれば願いが叶うとされています。
徳川五代将軍綱吉の生母 桂昌院の氏神社として、良縁開運「玉の輿」のご利益を願う人で賑う。
四面仏石(現在は京都国立博物館に寄託)などが有名です。
今宮神社には、阿保賢(あほかし)さんという奇石があります。
門前で売られている名物“あぶり餅”は全国からその味を求めて観光客が訪れるほどの人気です。
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大徳寺南門(だいとくじみなみもん)で解散ですが途中で帰りました。
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大徳寺は、京都府京都市北区紫野大徳寺町にある寺院で、臨済宗大徳寺派の大本山である。
山号は龍宝山(りゅうほうざん)。
本尊は釈迦如来、 開基(創立者)は大燈国師宗峰妙超で、正中2年(1325年)に正式に創立されている。
また茶といえば大徳寺と言われますが、 現在も茶の湯ともっとも深い関係にあります。
勅使門から三門、仏殿、法堂、方丈などの七堂伽藍が完備しています。
広い寺内を気ままに撮影散策で出来ます。
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     最後までありがとうございます。 


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